2022/10/19 16:25
前回は、日本ワインのブームについてでした。
今回は、ではなぜそのような日本ワインブームが続いているのかということについて、考えてみたいと思います。
結論から先に申しますと、飲み手の世代交代が進んでいるということだと思います。
つまり、若い世代が国産ワインを支持していて、それが大きなムーブメントになっていると感じます。
前回、40歳くらいのところにワインについての世代ギャップがあると言うようなことを申しました。
およそ40歳以上の世代で、ワインが好きだという方々は、やはり「濃いのがいい」という方が多数派とお見受けします。
ワインといえば、赤。赤といえばフルボディ。
そういう図式です。
私は、もう何年も前になりましたが、世田谷区の住宅地の駅前で、ワイン販売の実験店を運営していたことがありました。
店頭で日々接客もして、お客様とじかにお話をさせていただき、お好みの傾向を伺って、そのストライクゾーンと思われる箇所にボールを投げ込んでいくというスタイルでやっていました。
そうすると、ワインが好きだとおっしゃるお客様は、たいていが「フルボディの赤」がお好きで、ご自宅用ですから当然ですが、「安くて美味しいの」をお探しなわけです。
私は商売人として、「高くて美味しいのは当り前、安くて美味しいものを探してくるのが商売」だと認識していますので、そういう観点でインポーターやワイナリー、はたまた仲介屋さんや各国の大使館・商務省などが主催する試飲会には数多く出かけていって、そのようなお客様を喜ばすことができるワインを常に捜し求めています。
「安くて濃いの」を求める声は、当店のお客様だけに限ったことではなく、広く日本のワインシーンで共有された価値観ですから、どのインポーターも流通業者も、こぞってこの価値観に合致するワインを探しています。(この価値観の当否については、また稿を改めて考えることにします。)
そういうときに、日本ワインをもってきても、「濃くないね」で終ってしまいます。
ワインの濃さは、一概にはいえない部分もあるのを承知で話を簡単にしますと、葡萄の品種と、果実に含まれる糖度に左右される部分がかなりあります。
品種は、日本人の赤ワイン好きの人々が好むような濃さのワインを体現できるのは、カベルネソービニヨンやジンファンデルなどですが、どちらも日本の気候ではちょっと無理があります。
いや、メルローでも濃いワインはあるぞという声もあるかもしれませんが、それは気候と土壌の双方に恵まれた場合の話です。日本でも大きな成果を挙げているワイナリーもあり、そのワインは非常に濃くて国産とはにわかに信じられない酒質です。しかし、それは類稀な諸条件の集合体であるからであり、その稀少性を反映して目の玉がとぶような高額のワインです。
正反対はチリです。気候と土壌、それに近年はフランスやアメリカから最新の醸造技術が導入され、眼を見張る革新が進んでいます。
安価で美味しいワイン=濃いワインが欲しい人には絶好のワインの産地となりました。
「安くて濃いワイン」を求めるお客様には、まづもってチリのカベルネ、通称チリカベをお奨めするのが鉄板という時代が長く続いたのです。
そこへ、日本ワインブームが到来しました。
いったい、お客様の嗜好はどうなったのでしょう???
日本産の赤ワインを飲んで「薄いね」と言っていたのに、ブーム到来とは、どうも解せません。
その間に、日本ワインの酒質が劇的に濃くなったということはありません。(少なくとも、チリカベに匹敵する濃さを同価格で実現するのは、ほぼ永遠に難しいでしょう。)
ということは、消費者の側に大きな変化が生じたと解釈するしかありません。
実は、この10年くらいの間に、中国の食品偽装(ダンボールで肉まんを作っていたなど)問題をきっかけとして、日本の消費者には空前の国産信仰が広がっています。中国産を怖がる反動なのか、なんでもかんでも日本産が一番といって崇め奉る傾向が顕著になりました。
これは食品だけに留まらず、家電製品でも衣料品でも広い範囲の消費財において、「国産」「日本産」であることをアピールする広告が目立つようになりました。
(高級車、宝飾品、高級時計などでは「舶来ブランド」のご威光は未だ衰えず、ではありますが)
私は、日本ワインブームはこの流れの一環にあると見ています。
一般にブームという現象は、発生時点では理屈で始まるわけではなく、その流れが社会的に顕著になった時点から、つまり後追いで、原因探しが始まるものである以上、「XX原因説」は百家争鳴になりやすい宿命にあります。その「百家」のうちの1つだと思って読み流していただければと思います。
つまり、「どういうワインが美味しいか」という議論を突き詰めていく途上において、日本ワインが眼に留まって評価を上げた--という正攻法の流れでは(残念ながら)なく、「やっぱ国産がいいよね~」的なふわふわした社会風潮の流れの中で、「ワインも日本のがいいんじゃね?」という軽いノリから始まったのではないかということです。
始まりが軽いことが悪いとは思いません。そこから本当の良さに気づいてくれる人が増えていけばいいわけですから。
しかし、この近年の「何でも日本バンザーイ!」みたいな風潮には、ちょっと眉をしかめてしまいます。
「おもてなし」とかいう気持悪い用語や、それを外国人が評価しているといった寒々しい論調には違和感を覚えます。
違和感を覚えますけれども、あれほど「濃いワインを!」と言っていた人々が、「もっと光を」ではないですが、「もっと濃いワインを!」と言っていた人たちが、急に「濃くない国内ワインもイイね!」と豹変してくれたのですから、あながち「日本礼賛ブーム」も悪くはないということなのでしょうか。
政府債務、労働生産性、国民の自国防衛意識などの国際比較データを見るにつけ、決して「何でも1バーン」などと呑気なことを言っておれる状況ではないと思うのですが。。。
さて、そうはいっても「ワインは舶来に限る」というベテランのワイン愛好家の方の中には、「国産ワイン? お土産みたいなのでしょ?」とおっしゃる方も依然としておられます。そういう方々は、今回の日本ワインブームにはまったく乗っていません。
ということは、このブームを支えているのは、主としてこの10年以内にワインを本格的に飲みはじめた方々が中心ではないか、というのが私の仮説であります。