2022/12/28 11:56
(※この記事は2021年10月に執筆したものです)
緊急事態宣言も解除されましたので、といっても宣言中も挙行されていたのであんまり関係ないのですが、新国立劇場でチェネレントラを観劇して参りました。
なんといっても、レシタティーボありの、番号付きオペラという古色蒼然たる形式美に、最初の1曲目から酔いしれます。
チンチロリンという独特の音色が、中世宮廷音楽を髣髴とさせますというか、そういう時代考証は滅茶苦茶なのですが。
このところワーグナー、R・シュトラウス、ロシアものという感じで続いたので、番号付きというのが非常に懐かしくもまた聴衆に優しい形式と再認識しました。
10分程度で、「チャン、チャン!」と誰が見ても聞いても区切りが来てくれるので、拍手もしやすい。
これがいいです。
良いパフォーマンスには喝采が送られ、そうでもないときには昔のフジカラーではないですが、それなりの反応が待っています。
良いものに拍手喝采を送りたいという人間の自然な感情の発露が、抑制されることなく解放されています。
そういう意味では、スポーツ観戦に通ずるものがあって、興行に向いた構造ではないかと考えました。
さて、歌手ではタイトルロールのメゾソプラノ・脇園彩が非常に良く出来ていました。
芸術監督の大野和士がプログラムの冒頭挨拶で褒めちぎっていたのが、最初の一声で納得できました。
メゾ特有の耽美な声質に張りと艶を備え、バリバリ本物感を湛えています。
声にオーラがあります。
そのうえ、高音の伸びがまた素晴らしく、高い音域でも輝きを減らすことなく難曲をこなす地力を感じました。
相方の王子様を歌ったテノールのルネ・バルベーラも良く出来ていました。
「上のC」(高いド)で有名らしいアリアを歌い切ると、会場から万雷の拍手が鳴りやみません。
こういうの、待ってたんですよ。
コロナで、声を出すな、ブラボー言うな、客席で話はするな、と小うるさいお言いつけばかりが強調されていて、観客もいい加減げんなりしていたんでしょうね。
もう、ガンガン拍手してるんですよ。声を出せない分だけ、余計に掌に力が入ってるみたいです。
中には、「ブラボー!」と叫ぶ声も1つならず飛んでいました。
いや、わかります。
こっちも、脇園のアリアの後によっぽど叫んじゃおうかと思ったくらいでしたから。
・・・と、その時であります。
なんか様子がおかしい。
万雷の拍手を浴びながら下手(しもて)に引っ込んだはずのバルベーラが、ドヤ顔をたたえて舞台中央に戻ってきました。
そういう演出なのかと思って見ていると、さっきのアリアの途中から歌い始めました。
オケも男声合唱も一緒ですが、字幕だけついてきていません。
なんと、本番中にアンコールです。
これは珍しいものを見せて頂きました。
頻度は少ないのですが、いちおう30年以上歌劇鑑賞していて、欧米大陸にも遠征しましたが、この光景は初めてでした。
アンコールの主役にはなりませんでしたが、この日の秀演賞はなんといっても男声合唱です。
新国立劇場合唱団については、既になんどか称賛してきたとおり、日本における合唱団の概念を根底から覆す芸術性と歌唱力があります。
この日も僅か18人とは想像できない声量と、専門用語でなんていうのか存じませんが、声の合致度というか調和度、透明度が凄かったんですよ。
最初のワンフレーズで聴衆を圧倒していました。
その芸術家たちがですよ、今回の演出のために全員が剃髪して、中世の宮廷仕官というか西洋版茶坊主のような外貌になって登場してきたのでした。
いやー、プロ根性、大したもんだ。
ご年配の歌手もおられる中、一度剃ったら二度と生えてこないんじゃないかと心配したのでは? と客席から余計な心配をしたほどでした。
演出については、最近は現代読み替え版も興味深い解釈が多く、楽しめる舞台が多かったのですが、今回の粟国淳の作品は好きになれませんでした。
直接芝居の進行ともメタファーとも関係のない、いろんな人物がゴロゴロといろんな動作を終始繰り広げているのが視界を占拠し続けます。撮影用のクレーンなど馬鹿みたいに大袈裟な装置まで舞台狭しと動き回るので、せっかくの秀演に集中できないという大マイナスがありました。
演出の意図はイタリアのチネチッタなんだそうですが、無理があるうえに、観客の視界の邪魔になるし、それ以前に面白くもなんともなくて、これは「やっちまった」と酷評しておきます。
同じ舞台を観た愛好家の中には、提灯とまでは申しませんが、これを受容する投稿もあるようで、主観の多様性に苦笑します。
さて、テノールのルネ・バルベーラですが、アメリカ出身とかアメリカ人という紹介になっているようですけれども、お名前から察するにイタリア人というかイタリア系なんでしょう。
ワインを商売にしておりますから、バルベーラと聞けばこれは葡萄品種を思い浮かべます。
イギリスのワイン評論家オズ・クラークの筆になるウェブスター版『ポケット・ワインブック』によりますと、バルベーラという葡萄品種は「イタリア北西部生まれのバルベーラは、国内で最も広く栽培される赤ブドウとして、サンジョベーゼと競い合っている」そうです。(小学館、上野善久監訳)
ピエモンテ州アスティから産するバルベーラ種で作る赤ワインに、バルベーラ・ダスティ(アスティのバルベーラ)があります。
これなど1000円未満で気軽に飲めるタイプが多いために、バルベーラと聞くと一般的には普及品という印象がまさります。
ところが、イタリアワインの最高峰と持ち上げられるガイヤ(Gaja、ガヤとも)が一時期、単一畑のバルバレスコをDOCランゲの格付に敢えてダウングレードして出荷するという奇手に出たことがあり、このときに主品種ネビオーロに脇役としてブレンドされたのがバルベーラ種でした。
そういう主役を引き立てる名脇役が葡萄品種バルベーラで、主役の脇園を引き立てたのが相方役のルネ・バルベーラでした。