賢者のワイン

2023/08/07 12:37


「五葷(ごくん)フリー」という用語を初めて目にしたのは、コロナ禍の直前でした。
インバウンド市場に関心があり、これから所得も人口も増大していくアジア・アフリカ地域にどうアピールするかという作戦を考えていた時でした。

台湾は日本旅行の好きな国民が多いのですが、「日本には五葷フリーのレストランがないので困る」と嘆く声があったのを見て興味を持ちました。

その時にはなかった技術ですが、さきほどチャットAIに「五葷フリーについて」尋ねてみたら、次のように返答してくれましたので、そのまま引用します。

「仏教の思想に基づく菜食の一種で、精進料理では避けるべきと考えられている野菜の一部です。五葷(ごくん)に含まれる野菜は、ネギ類(玉ネギ、長ネギ、あさつき、エシャロット等)、ニラ類、ニンニク、らっきょうなどで、地域や時代によって、五葷に含まれる野菜の定義は異なるようです。」

そのコロナ前のことでした。この聞きなれないダイエタリーを知ってほどなく、ネットで検索していたときでした。
まさに「五葷フリーを売り物にしたレストラン」が自由が丘に開店したとヒットしたのです。

これは是非訪問したいと思っていたところ、すぐにコロナになってしまい、その時には果たせませんでした。

コロナもほぼ収束した今年初頭、再び検索してびっくりしました。
なんと、その店は五葷フリーの内実はそのままに、看板を「ヴィーガン」に架け替えたところ、大ブレークしていたのです。

訴求対象もお店の側から意図的にシフトしたわけではないのに、主に訪店する客層が台湾人から欧米人にシフトしたようです。

ご承知の通り、ヴィーガンは宗教上や体質から制約条件としての食事摂取ではなく、動物に対する慈愛という信条に由来する人が多数派を占めます。
同時に、そのような信条派には富裕層が多いというオマケがついてきたのです。

いまではこのお店が、英国のオンライン旅行ジャーナルが選ぶ日本最高のヴィーガンレストランに君臨し、日本最高を突破して世界でも指折りになっているらしいです。

ここに某女性知事が目聡く着目し、早速ナントカ大使に任命して自ら任命書を授与して、「世界的シェフとのツーショット写真」に納まったのが、今年の2月のことです。

政治家の発想と行動には常に苦笑が伴うご時世にあって、先手を打って新たな苦笑を提供し続けてくれるキャラクターも大したものです。

前置きが長くなりましたが、その日本最高のヴィーガンレストランに行って参りました。

予約は取りづらく、第3希望でどうにか確保することができました。やっと訪問できたのは3月の前半でしたが、食事中もかかってくる問合せの電話に、お店の方が「3月はすべて満席です」と答えているのが聞こえました。 

せっかくですので、「シェフ渾身の9品」が出てくるという「特別なコース料理」という名前(?)のついたコースを予約しました。
料理の詳細を再現し始めると、紙幅がいくらあってもキリがないほど説明を要します(筆舌に尽しがたいとはこのような場面でも用いてよかったのでしょうか?)。

実は、当方としましてはお世話になった方々を、それぞれ奥様ご同伴でお招きしたのであります。
ご夫婦ともに世界をまたにかけて活躍されている方々です。少々のことでは驚くことはないような方をお招きするというのは、なかなか大変なことです。
そこで、店の格式やお値段ではなく、オンリーワンをポイントに絞ってこのお店にしました。

そうしたら、それこそ世界の名店は知ってますよという方々も、次々に眼前に展開するスペクタクルに驚きの声の連続でした。それも嬌声です。
紳士も淑女も、裏返ったような声を連発しておられました。

よくある「お野菜中心のメニュー」などという生易しいものではありません。
れっきとした牛肉のステーキや、鳥の皮までついた焼鳥がご丁寧に炭火焼きの焦げ目がついて出てきたり、鰻重が出てきたり・・・と、菜食主義とか摂取制限というガマン系の概念の対極で、贅の限りを尽すという極限を狙っていたのです。

当然ですが、ヴィーガンなので動物由来の食材はもちろん、風味の出そうな五葷も使われていません。
すべての食材が一体全体何でできているのか、見当もつかないことが大半です。

聞けば教えてくれるものと、企業秘密で非開示になっているメニューとがあります。
とにかく最初から最後まで、まったく手が抜けていません。

お若いシェフは、はっきり言って料理人というよりも、偽装(フェイク)工作の大好きなオタクなのだというのが当方の見立てです。

場所は駅前の繁華街を抜けて、住宅地の中に突如出現する私設植物園の中という、これまた普通は想像することも表現することもできない場所にあります。

高級感とも贅沢感とも程遠い店内ですが、料理に圧倒され続けるので、立地や内装に気が行く暇はありません。料理を語らずに伝えることが湧き出て止まらない料理屋さんも珍しいと思います。

(本稿の初出は、『賢者のワイン通信』第1号、2023年4月10日発行 でした)

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