賢者のワイン

2023/11/19 13:23

野中郁次郎、竹内弘高・著、黒輪篤嗣・訳:『ワイズカンパニー ―― 知識創造から知識実践への新しいモデル』(東洋経済、2020

 

野中、竹内の名著『知識創造企業』(1995)の続編が25年後に出ました。前著と同じように、英語で書かれた本の日本語翻訳版です。

 

この前著『知識創造企業』については国際的に高い評価を得ており、古今東西の経営戦略業界の主要理論を10の学派(スクール)に分類して解説した「戦略論・論」の定番『戦略サファリ』(ミンツバーグほか著、日本語版1999)にも、野中・竹内が提唱した「知識創造のスパイラル」は、ラーニング学派として採り上げられ、詳述されています。

 

『戦略サファリ』では、野中・竹内の中心概念であるSECI(セキ)モデルについて、原著よりも著作者の意図を汲み取って改作した図が掲載されていて、非常にわかりやすい解説になっています。

 

SECIモデルは一世を風靡したので、多くの教科書にも引用・紹介されていますが、モデルの図を根本から改作してしまったのは、店番の知る限りミンツバーグだけです。

 

そしてそのミンツバーグによる翻案図のほうが、野中・竹内の作図した原図よりも、優れているのであります。

 

単に翻案して改作したのではなく、当該モデルの成立にかかる原初的な発想の段階にまで遡ったうえで再構成しているのでしょう。原著よりも解説書のほうが数段理解しやすくなっているのは「ままある」こととしても、概念の本質への迫り方度合いにおいて、原著者を凌駕しているのです。

 

そのことは、この25年後に出た原著者ら自身の手になる続編版『ワイズカンパニー』においても、旧版と同じ図が再掲されていることをみても、著者ら自身がその図に込めた概念の本質がミンツバーグほどわかっていない、という珍しいけれども深刻な状況を顕在化しています。

 

・・・と言い切ってしまってから、「そんなことが、あるはずはない」とも思い始めました。著者らは、ミンツバーグの改作図を見て、「これでは自分たちの意図から外れている」と考えたのかもしれません。

 

仮にそうであっても、ミンツバーグの図を見た瞬間に、それまでモヤモヤしていたSECIモデルの全貌が、一瞬にして霧が晴れたように腑に落ちたときの快感はいまもって鮮明です。

 

とはいえ、そんなことはまさに枝葉末節であり、本書の価値や意義を微塵も減殺することにはなりません。

 

原著は、欧米学説の輸入訓詁学と揶揄されてきた日本の経営学において、まったく新しい学説を構築した点で、我国の経営学界からも高く評価され尊敬されてきた本でした。

 

これは一読して感動します。

「どうやって儲けるか」という視野狭窄の経営学では毛頭ありません。

地球全体のあるべき姿とその実現方法を探求している点で、経営学というよりも哲学に属する本といえます。

 

企業のことを扱う以前に、人間としての生き方を読者に向って問いかけています。

私利私欲を捨て、地球市民としての全体善を前面に出した経営学説は、これを措いてありません。

 

しかもそれが雲をつかむような空理空論ではなく、日本航空、エーザイ、ホンダといった実際の企業において適用されていることを紹介し、実際に実践可能な道筋であることも示しています。

 

著者らが原著を刊行した25年前には、SDGESGという言葉も概念もありませんでした。世の中がやっと追いついてきたということです。

 

実は、賢者のワインは、この野中・竹内のフレームワークに着想を得て事業化した経緯があります。

 

「ワインで呑み込むリベラルアーツ」を標榜して、筋の良いワインと教養コンテンツを定期頒布することで、良質な需要を創造し、植物資源廃棄を減らす地球善に向かおうとする賢者のワインは、SECIモデルの社会実験でもあるのです。

 

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