2023/11/20 16:43
ワイン愛好家は、フランス料理の愛好家である確率も高いと思います。
賢者のワインのリベラルアーツ専門家としてもおなじみの宇田川悟氏は、パリ在住経験の長い食文化の専門家です。
氏の論文によりますと、フランス料理の全盛期は19世紀で、ここから日本の皇室がイギリスを真似てフランス料理を導入したとのことです。(「フランス料理の日仏交流150年」、『比較日本学教育研究センター研究年報』、2014)
ここからは店番の勝手な見解ですけれども、皇室の晩餐会のメニューを日本の洋食のコックさんがみんな見習いました、と。そこまではいいのですが、それがその時点で止ってしまって、進化しなかったのではないかと思います。
素材や調理法など1品1品はいろいろな革新を経て新しい考え方も技法も取り入れて進化したでしょうけれども、全体像、コース料理とかフルコースと呼ばれる全体像は、19世紀の鹿鳴館の時代からピターっと止ったままなのではないでしょうか。
静止画です。スクショです。
「だるまさんがころんだ!」と言われて、全員がピターっと凍り付いている、そういう状態です。
これは言語でも何でも文化というものは、化外の地において、進化が止まる傾向にあります。
アメリカの英語の発音がイギリスと異なることも、この理屈です。
現在のアメリカの発音は、メイフラワー号でイギリスから東部13州へ最初の移民が渡った頃の発音を保持しているのだといわれているのは周知のとおりです。
ことほどさように、文化は本国では進化しますが、移入された地では進化が緩やかになる傾向があるそうです。
日本のフランス料理も、まさにこれに該当しているのではないでしょうか。
フランス本国では、とっくに進化や変革を何度も遂げているのに、移入した日本では、移入した頃のフランス料理が堂々と残存しています。
滑稽なのは、その19世紀の、明治維新の頃の古いものを、いまだにそれこそがフランス料理だと勘違いして有難がっていることです。
その際たるものが、いわゆる「フルコース」という形式です。
現在のフランスにおいては、一般の日本人が考えているようなフルコースという料理の形態はほとんど死滅しています。
近年フランスから流行が始まった少量多品目コースの「デギュスタシオン」にしても、日本に上陸するや昔ながらのフルコースの看板を掛け替えたものとなっています。
絶滅危惧種が呼称だけ替えて延命しているといえます。
さて、西欧諸国でデギュスタシオンを別にして通常提供されているのは、前菜と主菜の2皿、それにデザートがつくタイプです。
それが政府主催の晩餐会であってもその形式です。
なんでしたら、グーグルでフランス語または英語でdinner
menu と入れて画像を検索されることをおすすめします。
著作権の問題がありますので、この文中にその画像を直接お示しできないのは残念ですが、グーグルの画像検索では、フランスにおいて通常提供されているディナーのメニューが無数に出てきます。
たとえば、ここに1976年6月7日にアメリカのホワイトハウスで、当時のフォード大統領がイギリスのエリザベス女王を迎えて行なった晩餐会のメニューがあります。
New england lobstrer en bellevue/sauce
remoulade
Saddle of veal/rice croquettes/broccoli
mornay
Garden salad/trappist cheese
Peach ice cream bombe with french
raspberries/petits fours
Demitasse
1皿目がロブスター、2皿目が仔牛肉で、あとはサラダとチーズ、デザートになっています。
英国でも同じことです。バッキンガム宮殿でエリザベス女王が主催した公式晩餐会の献立表も確認できますが、やはりメインは2皿で、サラダがついてくるのもホワイトハウスと同じです。
なお、ここで「前菜」「主菜」というと誤解を招きやすいので、「第1品」「第2品」(イギリスでは、First course, Second course といいます)と表現したいところです。
というのは、日本で「前菜」というと、「これから始まる何品も出て来る長いフルコースの、一番初めのほんのちょっとした色彩豊かな小料理」というイメージが、和食にも洋食にもあると思います。
ところが、現在西欧各国で主流となっているフランス料理ベースのフォーマルな2皿コースメニューにおける「1品目」は、「最初に出て来る料理」ではあっても、「ちょっとした小料理」ではないからです。
量的には非常にボリュームがあり、日本人女性ではこの1皿だけで結構お腹がいっぱいになる人も珍しくありません。
(以下、「英国女王が選んだワインにバッキンガム宮殿が驚いた話」へ続きます)