2023/11/25 10:40
書評 長沢伸也・編著、杉本香七・著:カルティエ ―― 最強のブランド創造経営 ~ 巨大ラグジュアリー複合企業「リシュモン」に学ぶ感性価値の高め方
(東洋経済新報社、2021)
最初にお断りしておきますと、本書はカルティエに関する本ではありません。
また、ブランド品を誉めそやすような軽薄な執筆意図もありません。
編著者の長沢伸也は早稲田大学ビジネススクールの教授で、ブランドマネジメントを専門にしています。
古くから伝承された技法を大切にして、職人たちが自らの経験と手作業で質感の高い工芸品を造るという日本のものづくり産業のために書かれた本です。
かといって、「日本もフランスを参考にしろ」などと、安っぽい舶来信仰をベースに書生論を振りかざすわけでもありません。
書籍のタイトルが損をしています。
このタイトルからは、日本各地の職人技を維持して次世代に伝えていくために、何をどのようにするのが良いのかという「重要でありながら誰も有効な答えを導き出せていない大きなテーマ」に果敢に挑んだことがわかりません。
それだけでなく、提唱する手法の1つ1つについて、欧州の先行地域における実例を詳細に分析し、そのエッセンスを凝縮して抽出し、日本の伝統産業への示唆を導くという、非常に丹念な作業を経て本書ができあがっています。
商業出版は売れなければ成立しないので、売れそうな題名になるのは致し方のないことではあります。だからといって、その題名のために潜在読者が毛嫌いしてしまっては逆効果です。そのようなリスクを承知のうえでカルティエをもってきたのでしょうけれど、中身はカルティエの所属する総合ブランド企業リシュモンの戦略について研究されたものです。
店番が読んで、これだけは紹介しておきたいと思った箇所を、ページ順にピックアップしてみます。
(数字は該当頁、そのあとは本書の記述の概要、「~」以降は、店番の感想です)
130 創業家の人間にしか持ちえない歴史という価値を手に入れた
~ ドイツを代表する鉄鋼コングロマリットの大企業から、傘下で廃業期間中だった老舗時計製造の中小企業「ランゲ&ゾーネ」に天下りで社長になったドイツ人のことを、こうした羨望の表現をしています。歴史があるのに、それに価値を感じなければ、宝の持ち腐れということになります。日本の多くのファミリー企業にあてはまりそうな話です。
131、283 正統性(受け継がれてきた重み、legitimacy)と正当性(本物らしさ、orthodoxy)~ 以前、「創業家による支配のセイトウセイ」というときに、漢字はどちらを書くのが適切なのか?という議論になったことがありました。そのときは、各自がそれぞれ見解を表明したのですが、このように「両方だ」というのは凄いブレークスルーだと感心します。
183 絶対価値を提供しているブランドには、信者と言っていいくらい熱狂的なファンがいる。信者には、創業の地や主力生産地など、巡礼する聖地が必要であり、日常的に参拝する神殿としての店舗や大聖堂としての基幹店が重要である。
~ 無名企業が通販サイトを立ち上げても、膨大なネット上の最果てに埋もれてしまいがちですが、こうしたwebサイトとの対比で、リアル店舗の重要性を説いています。「巡礼」や「参拝」の対象とする視点が大変ユニークで、ブランドという記号の意味を再認識させられます。