2023/12/02 10:10
「リアルの書店をいとおしむ人々」という記事を投稿したのは、つい昨日のことでした。
そうしたら、今朝の日経新聞の読書欄に、仏文学者の鹿島茂が「町中書店がいまや風前の灯火にな」ったので、自分が「神保町でプロデュースした共同書店PASSAGEのシステムを一般に開放」すると宣言しているではありませんか。
鹿島茂は、かねてより優れた書評をマネタイズするサイトを運営しており、店番も共感していたところでした。
(この話は回を改めてご紹介しようと思います)
リアルの書店が1軒また1軒と消えていくのを嘆くのは誰でもできますが、こうして代替案を提示するだけでなく、実際に商売として始めてしまうところに、鹿島茂の口先だけでないところが今回も先鋭化しています。
さて、昨日の投稿の続きに戻ります。
街の蕎麦屋さんがどんどん廃業しています。
残っているお店には共通点があります。
自分の地所で営業していて、家賃は発生していません。
家族が主たる労働を提供しており、賃金が店外に流出している比率が低いか、もしくは流出していません。
営業時間は、商売が家族労働で継続できることを前提に考えられています。
ランチタイムは2時まで、夕方は5時からで、夜の8時には閉店もしくはラストオーダーになります。
今残っている家族営業店の多くは、週休二日となっています。
飲食業にはFLRの方程式があります。
Fはフードで、食材の仕入原価率です。売上の3割に抑えなさいというのが、標準的な基準です。
Lはレイバーで、人件費率です。売上の3割までにしないと利益が出ませんよ、と教えられます。
Rはレントで、家賃の占める比率です。売上の2割程度に抑えることが普通です。
これらを合算して、F+L<60とか、F+R<50などという数字が、チェーン飲食業では金科玉条になっています。
(口頭で言いにくいので、「+」は取ってしまい、「エフエル」とか「エフアール」などと社内会議で飛び交います)
街の蕎麦屋さんで、1人の経営者で数軒を経営している例が極めて少いのは、2軒目の店舗は、LとRを非連続的に増大させるからです。
では、個人経営ではない大手チェーンでは、なぜ多店舗展開ができるのでしょうか?
大手チェーンでは、立ち食いが基本のフォーマットになります。(フォーマットとは、チェーンストア理論の専門用語で、一般用語では「業態」に近い概念です。)
最近は座る席も多数用意されていますが、お客同士が肩を触れ合って食べる状態を常態化させ、密集による高回転を実現することで、R(家賃比率)の抑制を図ります。
つまり、鉄道業における輸送密度と同じ発想です。
お客をギューギューに詰め込む状態がなければ、儲からないのです。
現在、50店舗以上を運営する蕎麦チェーンは、富士そば、小諸蕎麦、ゆで太郎の3社(創業順)で寡占状態にあります。
F(仕入原価率)にしても、個人経営店は蕎麦粉比率が高く、原価率も高くなりますが、駅構内型を含むチェーン店では、通常、蕎麦粉2割+小麦粉8割の「逆二八」です。
その昔、小諸そばが一世を風靡して、瞬く間に業界首位になりました。
それまで立ち食い蕎麦の常識だった茹麵ではなく、生麺を用いたうえ、蕎麦粉比率を約35%(業界推定)という高比率で配合しました。
さらに、サラリーマンの密集する千代田・中央・港の都心3区に絞るドミナント出店で営業効率を追求して、従来並みの低価格で提供したので、出店すればどこも行列のできる店となりました。
これを受けて、老舗の富士そばが麺の全面刷新に踏み切り、生麺に転換したうえ蕎麦粉比率40%と大幅に向上させました。
ところが、最後発のゆで太郎が、蕎麦粉比率55%(一部店舗では50%)という、チェーン店では常識外の品質で参入し、あっという間に首位を奪取してしまいました。
その後、ゆで太郎は(昨今の輸入インフレの到来する遙か以前から)容赦なく値上げを進め、収益性の確保を行いました。
最初に原価率を犠牲にして市場を席捲し、小諸そばが多数の店舗を撤退するなど、相手が疲弊したのを見届けてから、大幅な値上げを繰り返しました。
「ゆで太郎」という店名のかもし出す癒し系のイメージとは裏腹に、産業構造や競合条件の洞察に基づいたなかなか老獪な戦術を繰り出します。
冒頭に触れたように、鹿島茂が消えつつある町中書店をチェーン化すると宣言しました。
「いずれ発表する」そうですが、いったいどのような発想の革新があるのか、大変楽しみです。