2023/12/03 13:43
このメルマガでもかねてより嘆いておりますが、半蔵門にあります国立劇場が取り壊しのため、閉館となります。
写真は、巨大な校倉造の名建築を惜しんで撮りました。
一足先に大千穐楽を迎えた小劇場の文楽公演では、9月24日の最終公演が異常な盛り上がりを見せ、なんと前代未聞のカーテンコールが行われたそうです。人形浄瑠璃のカーテンコールとは、予想もつかないことです。
奇しくもその9月24日、大劇場の歌舞伎公演に参上しました。
演目は、妹背山女庭訓(いもせやまおんなていきん)で、これを9月に前半、10月に後半を上演して、それで大劇場もお開きとなります。
席は1階のトチリ席の真ん中で、しかも珍しい両花道を用いた演出の演目に当りました。
第3幕の舞台正面には吉野川の渓流が、独特の様式美の大道具でくねくねと流れ下っております。その流れ来る先に据えられた席にて観劇しておりますと、まさに激流の中、迫りくる波の真ん中に漂う小舟に乗ったかの臨場感であります。
上手に背山、下手に妹山、左右にそれぞれ浄瑠璃の床(ゆか)が既にしつらえてあります。
ここへ1幕目は御簾の中にいた太夫と三味線が顔出しどころか、ほとんど主役といってもいい存在感で出てきます。
上手下手に別々の太夫と三味線が登場し、その真ん中で拝聴できるとは格別の贅沢です。
そして先ほどの両花道です。舞台へ出るための道というよりも、この演目では花道上での長い掛け合いが見どころです。自分をはさんで頭上で時蔵の定高(さだか)と松緑の大判事清澄が掛け合っています。
掛け合いの内容は、隣接する両家の境界争いなど永年にわたる確執です。両家が吉野川を挟んでいるだけでなく、吉野川の両岸で紀伊の国と大和の国というように、国が違います。
そこに仲違いの原因もあるのだと思わせます。
この演目は時代物で、蘇我入鹿の頃の話ですが、歌舞伎なので江戸時代の風俗に置き換えて構成されています。国境の概念もその1つでしょう。
弊社の先々代が残した昭和30年ごろの手紙があるのですが、そこには「来月帰国します」と書いてあります。海外旅行先からではなく、東京の店舗兼住宅から滋賀県の本宅にいる家族へ出した郵便です。
「帰国」という言葉を普通に使う意識としては、江戸と近江国が異国だったことを示します。明治4年の廃藩置県から60年ほど経過していても、人心は江戸時代から変っていなかったのでしょう。